東京地方裁判所 平成9年(ワ)7117号 判決 1999年4月13日
原告
栗田祐樹
被告
金子隆
主文
一 被告は、原告に対し、金一四九一万九六五七円及びこれに対する平成四年四月四日から完済に至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金二九一七万七七九八円及びこれに対する平成四年四月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、以下に述べる交通事故につき、原告が、被告に対し、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。
一 前提となる事実
(争いのない事実のほか、証拠上明らかな事実も摘示する。)
1 交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生
(一) 日時 平成四年四月四日午後四時四二分ころ
(二) 場所 東京都大田区上池台一丁目五〇番七号先路上(以下、「本件現場」という。)
(三) 加害者 普通貨物自動車(品川四五め三八六、以下、「加害車両」という。)を運転していた被告
(四) 被害者 本件現場を進行していた原告
(五) 態様 T字路交差点において、被告が加害車両を運転して直進していたところ、交差道路から交差点に進入してきた原告と衝突した。
2 傷害結果
原告は、本件事故により、脳震盪、頭蓋骨骨折、右鎖骨骨折、腰部打撲、肝挫傷、気胸症、髄膜炎、尿路損傷の傷害を負い、病院で治療を受けたが、右鎖骨骨折に伴う鎖骨変形に対し自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下、「等級表」という。)の一二級五号、頭部外傷に伴う軽度神経症状を含む脳挫傷の神経障害に対し等級表一二級一二号、併合により等級表一一級と自動車保険料率算定会(以下、「自算会」という。)調査事務所により認定されている(症状固定日平成五年九月一九日、調査嘱託に対する自算会側の回答)。
二 争点
1 被告の責任の有無
原告は、被告には、前方不注視等により本件事故を発生させたので民法七〇九条により、また、加害車両を自己のため運行の用に供しているから自賠法三条により、原告の被った損害を賠償する責任があると主張している。
これに対して、被告は、本件事故は、原告が交差道路を走って路側帯をこえて加害車両の走行する車道に飛び出したために生じたもので、被告には、原告の主張するような過失はないから、責任がないと主張している(もっとも、被告の右主張は、自賠法三条の免責の主張としては不完全である。)。
2 原告側の過失相殺されるべき事由の有無、及びある場合の程度
被告は、本件道路は歩車道の区別のある道路であり、かつ、被告の進行してきた方向からの原告が進行してきた方向への見通しは悪く、被告は、加害車両を運転してT字路交差点の明らかに広い直進路側を、時速二二キロメートルから二八キロメートル弱で、路側帯外側の白線から約五〇センチメートルのところを進行していた。原告は、右のような交差点に、交差道路の左右の安全確認をすることなく直進路側に飛び出したために事故となったものであるから、原告にも過失相殺事由が認められ、その割合は少なくとも四割を下らないと主張している。
これに対して原告は、本件道路は車道と歩道の区別のない道路であり、しかも、住宅街の生活道路であること、被告の加害車両は、右道路の中央を走行せず、わざわざ路側帯ぎりぎりを相当の速度で走行していたとして、本件事案においては、過失相殺をするべきではないと反論している。
3 損害額
原告主張の損害額、特に、後遺障害逸失利益、慰謝料等について争いがある。
第三当裁判所の判断
一 争点1及び2について
1 争点1及び2は、本件の事故態様を検討することにより判断されるべき事柄である。
2 原告自身は本件事故態様について記憶がなく、また、本件提訴が本件事故から五年経過していることもあってか、被告及び目撃者である被告の息子金子晋の記憶もはっきりしない点が多い(同人らの法廷供述)。特に、被告は、供述内容が確定すらしていない感があり、原告が主張するように、被告の供述を信用することは困難である。
そこで、事故時にもっとも近い段階で作成されている刑事事件関係での実況見分の結果(乙第一号証)、特に、客観的な状況を重視して、事故態様を判断せざるを得ない。
乙第一号証によれば、本件現場は、アスファルト舗装された路側帯を含めて幅員約六・四五メートル(路側帯の幅は、約一・三五メートルと約一・二五メートル)の道路で、原告が進行してきたT字型に交差する道路(幅員約三・三メートル)に対する見通しは、加害車両の進行してきた方向からは悪い。
路面には二条のスリップ痕があり、右前輪で三・七メートル、左前輪で三・八メートルの長さが記録され、左側のスリップ痕は路側帯よりやや道路中央寄りに遺されている。
3 本件事故時の路面は乾燥しており、乾燥したアスファルトの摩擦係数を用いて加害車両の制動開始直前の速度を求めると、被告の平成九年七月一一日付け準備書面記載別紙速度計算式にあるとおり、誤差を考慮に入れても加害車両の時速は約二〇キロメートル前半から約三〇キロメートルであったと考えられる。
原告は、スリップ痕による速度の推定について、少なくともその程度の速度が出ていたものと考えるべきであり、それ以上の速度が出ていなかったことにはならないと主張し、加害車両の速度はもっと大きかったと主張している。
しかし、原告も加害車両の速度が具体的にどの程度であるのか明確に主張していないし、その根拠となっているのは、原告が衝突してから路面に転倒するまでの距離が一〇メートルも離れていることを挙げているのみで、右根拠としている事実自体明らかとは言い難い上、かりに、前提となる事実の証明がなされている(原告の母は、事故の知らせを聞いて駆けつけた際の状況を基に力説している。)としても、加害車両の速度がもっと出ていたとする物理学的な根拠は示されていない。
したがって、被告は、制限速度(時速四〇キロメートル、乙第一号証)を超過することなく走行していたと推認される。
4 原告は、加害車両の左前部フェンダー付近に衝突したもので(乙第一号証の加害車両の損傷箇所の記載)、T字路交差点での出会い頭の事故ということができる。
5 本件道路は、市街地にあるいわゆる生活道路であり(乙第一号証、甲第三三号証二)、しかも、前述のとおり被告の進行してきた側からは、原告の出てきた道路の見通しの悪いT字路交差点であること、また、本件現場が被告宅の近所であること等を考慮すれば、T字路での交差道路から直進道路に進入してくる車両、または、歩行者のいることを予見して、安全な速度で走行する義務があると解される。
被告には、本件道路に応じて車両速度を減速させること及び前方注視等の義務を怠ったことが認められるので、本件事故の責任を免れない。
6 次に、原告側の落ち度について検討する。
証人の金子晋の供述によれば、事故当日、原告と右晋は原告宅で遊んでいたが、おもちゃの取り合いになり、原告がおもちゃを持って原告宅から出たのを右晋が追いかけたため、原告が走って逃げていた際に本件現場に差し掛かって事故に遭遇したものと認められる。原告には、交差道路の安全確認して横断または右折する義務の懈怠が認められる。
また、本件道路は、一・三五メートルという歩行者の通行に十分な幅員を有するものであるから、歩車道の区別のある道路である。
原告が、本件現場で道路を横断しようとしていたのかは、必ずしも明らかではないが、原告が交差する道路から走って直進道路に差し掛かっていること、衝突地点は路側帯よりも道路中央寄りの車道部分内か、もしくは路側帯と車道部分との境界上付近であったものと認められるから、完全に横断中に事故にあった場合と比べるとやや原告側の落ち度は少ないもののやはり落ち度として評価されざるを得ないこと、他面において、前記認定のとおり、本件現場が住宅街であること、原告が当時一二歳の児童であること等の諸事情を考慮し、過失相殺の割合は、一五パーセントとするのが相当である。
二 争点3(損害額)について
損害額ごとに、必要な限度で当事者の主張を簡潔に示しつつ、当裁判所の判断を示すこととする。原告は、平成一〇年九月一七日付け準備書面において、後遺障害逸失利益の損害額を増額して主張したが、請求の趣旨を拡張することはしなかったので、原告の主張する損害額合計は原告の請求額を上回る。
なお、結論を明示するために、各損害ごとに裁判所の認定額を冒頭に記載し、併せて括弧内に原告の請求額を記載する。
1 治療費 金一〇五万〇一五〇円(金一一一万一〇四〇円)
原告は、旗の台脳神経外科病院(以下、「旗の台病院」という。)及び田中整形外科病院(以下、「田中病院」という。)で治療を受け、合計一〇五万〇一五〇円の治療費を要したことが認められる(甲第七ないし第一三号証、第一七号証。なお、甲第一三号証には、原告の症状固定日である平成五年九月一九日以後の治療分も含まれているが、本件と因果関係のある治療費として被告も特に異議を述べていないので認める。)。
2 文書料 認定額なし(金五一五〇円)
文書料は、それぞれの治療に含まれており(甲第七号証等)、別途請求することはできない。
3 入院雑費 金二万四七〇〇円(金二万八五〇〇円)
原告が、平成四年四月四日から同月二二日までの一九日間旗の台病院に入院したことは当事者間に争いがない。平成四年当時の入院雑費は一日金一三〇〇円とするのが相当であるから、合計金二万四七〇〇円となる。
4 付添看護料 金九万五〇〇〇円(金一一万四〇〇〇円)
原告は、受傷時一二歳であり、傷害の程度も重かったことに鑑み、近親者付添が必要であったと認められ、平成四年当時は一日当たり金五〇〇〇円が相当であるから、合計九万五〇〇〇円となる。
5 通院付添費 金四万四〇〇〇円(九万円)
原告は通院期間中、中学生であったところ、地理的にも遠い旗の台病院への症状固定日までの通院については、付添の必要性を認めることができるが、その余についてはその必要性を認めることはできない。
症状固定までの旗の台病院への通院日数は二二日である(甲第一四号証)から、一日金二〇〇〇円として四万四〇〇〇円となる。
6 入通院慰謝料 金一二〇万円(金一八〇万円)
原告は、本件事故によって、症状固定までの間、入院一九日(入院当初は意識混濁の状態であった。)、通院一年五か月(実通院日数は、旗の台病院が二二日、田中病院が一〇日、甲第一四号証、第一五号証)の入通院を余儀なくされた。この間に原告が被った精神的苦痛を慰謝するには、実通院日数及び治療内容をも考慮し金一二〇万円とするのが相当である。
7 後遺障害逸失利益
金一〇九四万四七四七円(金二〇五〇万五一〇二円)
原告は、等級表一二級五号と一二級一二号の併合一一級であることを前提に、新たに右足の踵に古い骨片があり、不安定性があり、腫れがひかない状態であり、これも本件事故の後遺障害であるとして、労働能力喪失率を二五パーセントとし、基礎収入として、男子の学歴計・全年齢平均の最新の賃金センサスを用いて算定すべきであると主張している。
しかしながら、足の後遺障害については、事故後の診断書には全く記載がなく(甲第二号証)、腫れが生じたのは事故後四年以上も経過した平成八年の一〇月に体育祭で走って転倒した際であり、医師も本件事故との因果関係を肯定しているわけではない(甲第三二号証の二)から、本件の後遺障害と評価することはできない。
また、等級表上の認定は前記のとおりであるとしても、被告が指摘するように(被告の平成一〇年九月一六日付け準備書面)、右鎖骨の変形によって現在どの程度の運動制限、生活上の不都合があるのか必ずしも明らかではないし(甲第一四号証には自覚症状として項部緊張痛との記載があるのみであり、これは、頭部外傷に伴うものと考えられる。)、これに関する医師からの具体的な指示がなされているとも認められない。また、頭部外傷に伴う神経症状として、目の疲れ、頭痛、不眠等を訴えているが(甲第三四号証)、その頻度は頭痛で月に一回か二回位、痛み等の程度も市販の薬品を服用することで落ち着くようであるし(甲第三四号証)、原告が、中学・高校を修了し、現在専門学校で美容を学んでいること等(以上に事実全般につき証人栗田直子)を考慮すると、原告の労働能力喪失率は、六七歳までの期間を通じて一四パーセントと考えるのが相当である。
基礎収入としては、症状固定時の学歴計・全年齢平均の賃金センサスを使うことが相当であり、就労可能期間は、基礎収入を学歴計の賃金センサスを使うこととのバランスを考えて、一八歳から六七歳までの四九年間として、年五パーセントの割合のライプニッツ係数を用いて中間利息を控除して現価を求めると、金一〇九四万四七四七円となる。
計算式
5,491,600×0.14×14.2357=10,944,747
8 後遺障害慰謝料 金三九〇万円(金四五〇万円)
後遺障害慰謝料については、併合等級どおりの一一級を基準として算定すべきである。
原告は、被告の事故後の対応及び応訴態度を非難し、これを慰謝料の増額事由と捉えて、金四五〇万円を主張している。
たしかに、被告側(被告の加入していた保険会社も含めて)の対応が原告の被害感情をより増幅していることは否定できないであろう。
しかし、被害者だけでなく、加害者にも言い分のある事案においては、自己の主張を強調する余り、実体とそぐわない主張をすることはままあることであり、これが極めて常軌を逸しているとか、脅迫的であるとか等の場合を除いては、これをもって慰謝料の増額事由と考えることは相当ではない。
本件の場合、後遺障害慰謝料としては金三九〇万円が相当である。
9 損害小計 金一七二五万八五九七円
以上の損害額を合計すると金一七二五万八五九七円となる。
10 過失相殺
前述のとおり、本件については一五パーセントの過失相殺をするのが相当であるから、過失相殺した後の金額は、金一四六六万九八〇七円となる。
11 損害のてん補
原告は、損害のてん補として治療費(内入れ)の金一〇五万〇一六〇円を受領したことを認めているが、当裁判所の認定では治療費は金一〇五万〇一五〇円であるから、右金額の限度でてん補とする。
したがって、残額は金一三六一万九六五七円となる。
12 弁護士費用 金一三〇万円
原告が、本件訴訟の追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、認容額、審理経過等を総合勘案して、被告に賠償を求められる弁護士費用としては金一三〇万円とするのが相当である。
13 総額 金一四九一万九六五七円
以上の合計は、金一四九一万九六五七円である。
第四結論
以上のとおり、原告の本訴請求は、金一四九一万九六五七円及びこれに対する平成四年四月四日から完済に至るまで年五パーセントの遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。
(裁判官 村山浩昭)
別紙 速度計算式
制動直前の車両の速度は次の力学的公式によって計算される。
制動開始直前の速度 V(m/s)
タイヤの路面の摩擦係数 μ
重力の加速度 g(9.8m/s2)
制動距離(ブレーキ痕) S
本件の場合、制動距離は、右前3.7メートル、左前3.8メートル、乾燥したアスファルトの摩擦係数は0.55~0.8
S=3.8 μ=0.7で計算すると、
V≒7.22
7.22×3.6=25.992km/h
従って、 約26km/h
仮にμ=0.55とすると 約23km/h
μ=0.8とすると 約27.78km/h